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店長の気ままにひとりごと

色川大吉氏の死を悼む

カテゴリー:ブログ | 2021年09月21日

こんにちは。
9月21日、マンデーじゃないけどハッピーマンデーが多く申し訳ないので火曜日でもむーんがお送りします。
今から45年前(昭和51年)のこの日、「週刊少年ジャンプ」にてあの「こち亀」こと「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の連載が始まった日であり、33年前(昭和63年)にはB’Zがデビューした日なんだそう。

なかなかの記念日です。

さて去る9月7日、歴史学者の色川大吉さんが逝去されたことがニュースになっていました。
実はこの方、「自分史」という言葉を世に広めた方で(昭和50年の著書より)、私の所属する(一社)自分史活用推進協議会のFacebookでも大きな話題となっていました。

色川氏の著書の中でとても印象に残っている文章があり、「自分史セミナー」などで講師を務める際に自分史の素晴らしさを伝えるためにそれをいつも紹介しています。

歴史の枠組みがどんなに明快に描けたとしても、その中に生きた人間の中身がおろそかにされているようでは、専門家のひとりよがりとしてみなされよう。(中略)たしかに同時代史はあまりにも身近すぎで、歴史として熟れていない。それにもかかわらず、もっと書かれねばならないものだし、今こそめいめいが”自分史“として書かねばならないものだと思う。

人は誰しも歴史を持っている。(中略)それはささやかなものであるかもしれない。(中略)しかし、その人なりの歴史、個人史は、当人にとってかけがえのない”生きた証し“であり、無限の想い出を秘めた喜怒哀歓の足跡なのである。この足跡を軽んずる資格をもつ人間など誰ひとり存在しない。

(色川大吉著「ある昭和史 自分史の試み」より)

当時(昭和50年よりも前)は著名人のいわゆる自叙伝しか発行されなかった時代に「もっと一般の人も自分の歴史を綴るべきでその足跡を軽んじてはならない」と述べていたのです。

「無限の想い出を秘めた喜怒哀歓の足跡」というフレーズもとても気に入っています。

ただし、当時は個人が本を出版することって非常に困難なものでした。
まず100部つくりたい、と出版社に原稿を持ち込んだところで引き受けてくれるところなどなかったでしょうし、印刷会社でつくるにしても100万円以上はかかったはずです。

こんな風に自分史をはじめとする個人出版が身近になったのはやはりデジタル印刷の普及がとても大きいのかなと感じます。
その前にこうして「自分史」を提唱した色川氏の功績って言葉で言い表せないくらいすごいことだったと思います。

心よりご冥福をお祈りいたします。

そうそう、先日あの山口百恵さんのベストセラー自叙伝「蒼い時」を読む機会がありました。
今から41年前、百恵さんが21歳の時に発行した本ですがとても素晴らしい本でした。
この本については来週でも。
それではまた!